本棚にねこまんま

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ねこ と ごはん

【amazarashi】最も美しい希望は深い絶望の中にあるということ

初めてyoutubeでamazarashiの曲を聴いた時、どろどろと暗くて怖くて聴いていられなかった。
まとわりつくような絶望と強烈な死の匂い。
なんとなく「合わないな」と感じ、すぐに別のアーティストの曲に退散したのを覚えている。
それから5、6年たっただろうか。
東京喰種や乱歩奇譚などアニメでちらほらと名前を見るようになり、「相変わらず暗いなぁ」とぼんやり思った。
自分の中でこの人はこういう人、というレッテルを貼ってしまうとなかなか変わらないものだ。
人は無意識にフィルターをかけて見ているものだし、1度苦手だと思うとなかなか好意的には見れない。
ケチがついてしまうとでも言うべきか。
とにかく私の中でamazarashiは暗い音楽、として認識されたままだった。
そんな自分の中のレッテルが剥がれたのが『ジュブナイル』だ。

www.youtube.com

たまたまyoutubeの関連リンクで回ってきたその曲を聴いた時、「しまった!」と思った。
ずっと間違って認識していたことに気づいた瞬間だった。

暗い曲なんかじゃなかった。
彼が歌っていたのは絶望じゃなかった。
その本質はずっと希望だったのだ。
それもとびきり鮮烈で暴力的なほど美しい希望だ。

若くて可愛らしい女の子が夢や希望を歌う姿はそりゃあ元気が出る。
見ててウキウキするし、明日も頑張ろうと思うものだ。
例えるならばそれはコンビニで買うプリン。
対してamazarashiの音楽は熊鍋だ。
生きるために生命を自分の手で殺めるような獣くさい音楽だと思う。
どちらが素晴らしいという話ではない。
私にはどちらも必要だ。
ただ、プリンを食べながら命を語るのと、熊鍋を食べながら命を語るのとでは重みに違いがあるのは確かだ。

明日も生きなければならないと思う。
生きていかなければならないと思う。
泥水をすすってでも、這いつくばってでも。
そんな強迫観念にかられる音楽性が彼の曲にはある。

追記

なにが言いたかったかっていうと、私がにわかファンってことと、amazarashiのベストアルバムが最高だったよって話。
会社に向かう憂鬱な時も、失敗して落ち込んだ帰り道も、amazarashi聴きまくってたなぁとしみじみ思い出しまして。
私はこれで会社を辞めました(`・ω・´)キリッって感じです。